《真珠の耳飾りの少女》の頭に巻かれた布は、明るい青から暗い青へ変化しています。この青の材料は、天然ウルトラマリン。原料の石、顔料を取り出す工程、絵の具の重ね方をたどると、材料の名前だけでは説明しきれない色の違いが見えてきます。保存科学の研究では、その違いをどのように調べるのでしょう。
青い石を砕くだけでは、顔料にならない?
ラピスラズリは、一種類の鉱物だけでできた石ではありません。青いラズライト(lazurite)のほかに、白い方解石や、金色に見える黄鉄鉱などを含みます。青い石の名前と、色を生む鉱物の名前は同じではないのです。石に含まれる鉱物
たとえば、青い部分と白い部分を一緒に細かくしても、白い成分まで青に変わるわけではありません。絵に使う鮮やかな青を得るには、青い粒子を他の成分から分ける必要がありました。
マウリッツハイス美術館の解説は、原料の希少さと遠距離の輸送に加え、この取り出す作業を高価だった理由に挙げています。17世紀のヨーロッパで使われた原料はアフガニスタンから来ました。「ウルトラマリン」は海の向こうを意味する名に由来しますが、運搬の道のりの多くは陸路だったと説明しています。所蔵館の解説
つまり、単に「遠くから来た青」ではなく、「遠くから来た石から、手間をかけて取り出した青」でした。顔料とは絵の具に色を与える粒子で、油絵の具では、それを油などと混ぜて使います。石、顔料、絵の具を分けて考えると、それぞれの工程が見えてきます。
同じ青い顔料で、布の明暗を描ける?

Meisje met de parel.jpg · 作品:Johannes Vermeer / Mauritshuis, The Hague / 画像:Wikimedia Commons · Public Domain。1367×1600へ縮小しWebPへ変換。トリミング・色調整なし。
フェルメールはこの作品を1665年頃に描きました。まず額の上の淡い青から、画面右側の暗い部分へ目を動かしてみてください。布の折れ目と、光の当たり方が感じられます。作品記録
美術館による技法の説明では、明るい部分にウルトラマリンと鉛白という白い顔料を混ぜ、影では暗い下塗りに青を重ねています。さらに、透けるような青い絵の具の筆あとが横切ります。青い材料を一様に塗るのではなく、混ぜるものと下の層を変えて、明暗を組み立てていたのです。布の塗り方
画像で青が明るく見えることから、その部分の顔料の種類や量まで言い当てることはできません。撮影や画面の表示にも左右されます。作品を見て「どこが違うか」を見つけることと、材料を調べて「何が違うか」を確かめることは、つながっていても別の作業です。
絵の表面と小さな試料から、何がわかる?
2020年のAnnelies van Loonらの論文は、2018年に行われた作品調査を報告しています。布から新たに採った二つの微小な試料に加え、1994年に採取された試料も調べました。作品全体を測る方法と、小さな断面を詳しく見る方法を組み合わせています。保存科学の論文
断面は、絵の具の層がどう重なるかを知る手がかりになります。含まれる元素を調べる分析だけでなく、分子の情報を得る赤外線の分析も使い、物質を確かめました。著者らは、青いラズライト粒子に比べて他の鉱物が少ないことから、高品質のウルトラマリンが使われたとしています。
一方、影の青には白亜も見つかりました。ここでいう白亜は、炭酸カルシウムを主成分とする材料です。なぜ青い絵の具に多く含まれるのか。塗りやすさを変えるためなのか、別の顔料に伴って入ったのか。この疑問を調べるため、研究者は配合を変えた絵の具を作りました。
配合の比較図は、どこから読めばよい?

Out of the blue: Vermeer’s use of ultramarine in Girl with a Pearl Earring — Fig. 6, Heritage Science 8, 25 (2020) · 図:Annelies van Loonほか / 作品写真(a):René Gerritsen Art & Research Photography · CC BY 4.0。公開論文PDF内の図6画像を抽出し、可逆WebPへ変換。寸法・パネル・ラベル・色・範囲は変更なし。
上段の右(b)は、カルシウムを検出した信号の分布です。普通の白黒写真でも、青の濃さを示す地図でもありません。左(a)の見た目と、右(b)で測っているものを分けて見てください。
下段では、左列に白亜(Chalk)、右列に黄色レーキ(Yellow lake)を使った比較があります。レーキは、染料を固体の材料に取り込んで顔料にしたものです。この実験の黄色レーキは植物のウェルドに由来する染料を使っています。右列最上段(d)は黄色レーキだけの見本で、青との混合物は(f)、(h)、(j)です。
まず左列の(c)と(e)を比べます。(c)は顔料がウルトラマリンだけ、(e)はその75%と白亜25%を混ぜたものです。割合は顔料の体積で、油も含む絵の具全体の割合ではありません。著者らは、白亜を25%加えると塗りやすさが改善したと報告しています。
次に、右列の(f)から(j)へ進むと、黄色レーキの割合が増え、青から緑寄りへ変化します。どの見本も白と黒の下地にまたがって塗られています。同じ配合でも、下地によって見え方が違うことにも注目してください。細部は図を拡大して確認できます。
この比較は、材料の働きを調べるための実験です。図の配合を、フェルメールが実際に使った処方だと読み替えることはできません。
当時の色は、完全にわかった?
著者らは、青い布に黄色の染料が含まれていたかどうかを確実には突き止めていません。白亜が、今は退色した黄色レーキの材料だった可能性を示していますが、これは分析と配合実験から考えられた仮説です。今より緑を帯びた影だった可能性と、当時の色を完全に復元できたという主張は異なります。論文の結論
材料が変化しているなら、現在の見た目をそのまま画家の最終的な意図ともみなせません。同時に、再現した絵の具がよく似て見えても、同じ配合だった証明にはなりません。調査は答えを増やすだけでなく、まだ決められない点も明らかにします。
なお、ナショナル・ギャラリーの解説によれば、19世紀には人工的に作るフレンチ・ウルトラマリンが登場しました。今日の「ウルトラマリン」という色名から、すべてが天然の石を原料とする高価な顔料だとは考えられません。天然から人工の青へ
次に絵を見るときは、青い部分の明暗、筆あと、透けて見える下地を一つずつ探してみてください。色名を知った後にも、混ぜた材料、重ねた順序、時間による変化という、別の問いが残っています。

